東京地方裁判所 昭和33年(ワ)10294号 判決 1959年6月30日
原告 瀬川三男
右訴訟代理人弁護士 岡田喜義
被告 中山嘉市
被告 中山秀子
右両名訴訟代理人弁護士 宮本正美
主文
1.被告等は原告等に対し連帯して一七万円及びこれに対する昭和三三年一二月二七日以降右完済までの年五分の割合による金員を支払わねばならない。
2.原告のその余の請求を棄却する。
3.訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の、その一を原告の各負担とする。
4.この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
5.被告等が各自単独又は共同で一七万円の担保を供するときは前項の仮執行を免れることができる。
事実
≪省略≫
理由
1.原本の存在及びその成立について争のない甲第一号証の一、二、四、同第三号証、乙第一ないし第三号証、証人内山正勝、山本秀正の各証言及び被告中山嘉市本人尋問の結果を綜合すると、原告がその主張の頃、訴外青木為吉所有の原告主張不動産に同主張の根抵当権設定登記を経由して同訴外人(原告は青木昭二と主張するが、青木為吉の代理である昭二という意味と解する。)に二五万円を、一ヶ月分の利息五分五厘の割合による金員を天引して貸し付けたが、後に訴外青木為吉から右根抵当権設定登記抹消の訴を提起され、敗訴によつて、同貸付金の回収が全く不能となつたこと、訴外青木為吉の弟青木昭二が金融業者である原告の新聞広告による貸付案内によつて原告方を訪ね、兄の為吉の承諾があると称して原告方に金員借受の申込をし、原告方使用人から担保提供者がある本人の面接を求められ、兄為吉の印鑑証明書、登記用委任状、右担保物件の権利証に代る被告等作成の保証書を原告方に持参して呈示し、かつ、為吉とほぼ年令の同じ為吉とは別人の某を同伴して原告方の使用人に面接させたので、原告方の使用人山本秀正は真に訴外青木為吉が金員借受申込をし、かつその所有の前記不動産に前記根抵当権設定を承諾したものと誤信したこと、そこで、原告の使用人山本秀正は青木昭二とともに担保物件の調査に行き、担保物件と称する土地に臨んだが、その示された土地は更地であつたが実際の登記上の表示土地は右示された土地の隣地であり青木為吉居住の家屋の所在する土地であつたこと、そしてその現地調査の際原告使用人山本秀正は青木為吉居住家屋が隣地にあることを知り、同家屋に為吉を訪ねようとしたが、青木昭二から為吉はその時他出不在であり、同人の妻には内密のことであるから訪ねないようにと止められてそのまま訪ねることをしなかつたこと。次で原告使用人山本秀正と青木昭二とが司法書士の被告中山嘉市方に行つて前記印鑑証明書、委任状、保証書等を用い同被告を原告及び青木為吉の代理人として登記手続一切を委任し、前記根抵当権等の登記を完了し、その登記済権利証を原告方に持参し、原告はその登記を信頼して前記金員貸付をしたこと、ところが、事実は右印鑑証明書、委任状等は青木為吉の不知の間に作成されたものであり、もとより右金員借受及び根抵当権設定にも同人は承諾を与えていないこと、そして右登記手続に用いられた保証書は青木昭二が青木為吉本人であると称して印鑑証明書を持参して被告中山嘉市にその作成を依頼し、同被告において昭二を為吉本人であると誤信しその妻被告中山秀子とともにこれを作成したものであること等を認めることができ、他にこれを覆すことのできる証拠はない。
以上のとおりの事実からすれば、原告が前記金員貸付をしたのはその使用人山本秀正が青木昭二の前記行為によつて青木為吉本人が金員借受の申込をし、かつ根抵当権設定を承諾したものと誤信したこと及び右根抵当権設定登記がなされたことに安心したことに基因するものというべきであり、さらに右誤信及び右登記完了には被告等の作成した保証書が大きな原因をなしていることは明であるから、原告が右貸付をするに至つた原因には右保証書が無関係であるとする被告等の主張は理由がなく、同保証書の作成について被告等に過失がある限り被告等において原告が右貸付によつて蒙つた損害についてこれを賠償すべき責任があるものとせねばならない。
2.そこで被告等の右保証書の作成について過失があるか否かを判断するのに、前出乙第三号証、成立に争のない乙第四、第五、第七号証及び被告中山嘉市本人尋問の結果を綜合すれば、被告中山嘉市は従来青木為吉とは面識ないのに、単に青木昭二の依頼によつて同人と面接し、同人が青木為吉の印鑑証明書、印鑑等を持参したことで昭二を為吉本人と思い込み、為吉本人と称する者の年令は三〇歳前後であると思いながら印鑑証明書の明治四一年八月二四日生とある年令との対比もしなかつたこと、保証書の作成については法務省民事局長及び司法書士連合会理事長からしん重にするよう特に厳重な通達や通知があり、保証書の安易な作成が多くの弊害を起していることを知つていたにもかかわらず、特別の調査もせず、単に保証書の作成に関する故障発生について依頼者が一切の責任を負う趣旨の誓約書を昭二から(為吉と誤信して)とつているに過ぎないこと等が認められ他に右認定を覆すことのできる証拠もないので、とくに右年令の対比を怠つた点において、また印鑑や印鑑証明書を持つているということのみでその印鑑所有者本人と信じた点において重大な過失があるものとせねばならない。右誓約書をとるということは多少依頼者に対し心理的効果を及ぼす程度で登記義務者本人を確める上ではほとんど意味を持たないことである。
3.ところで、原告側にも前記貸付について全く過失がなかつたかというと、前認定のとおり原告側で同貸付の交渉、調査に当つたのは主として使用人の山本秀正であるが、同人は証人として尋問されたところによれば当時二七歳にようやく達したか達しないかの若年者であり、担保物件の調査自体にも前認定のような誤信がある程であり、金融業者としての通常の経験、知識を備えた者ならば新聞広告によつて金員借受申込をして来た未知の者に対してはいま少し調査にしん重を期し、或は未然に前記青木昭二の詐欺手段を見破る可能性もあり得たであろうのに簡単に比較的若年の右使用人の調査を信じたきらいがあり、原告の前記誤信にはなお若干の過失の責があり、被告等の作成した保証書と相まつて前記損害を招くに至つたものとするのが相当である。
4.そして原告の蒙つた損害額は前認定の貸付名目額から、同認定の天引利息中利息制限法所定の利率を超える金額を除いた金額とすべきところ、原告がその損害を蒙るに至つたについては以上判断のとおり原告及び被告等の共同の過失が原因しているのであるが、これまた前記判断における両者の過失の態様、程度を考え、右損害額のうち一七万円を被告等共同の過失によるものとして、その賠償が被告等の連帯負担にかかるものとし、その余は原告の過失にかかるものとして被告等の過失相殺の抗弁を容れるのを相当とする。
5.以上のとおりであるから、被告等は連帯して原告に対し、一七万円及びこれに対する本件訴状が被告等に送達された日の翌日であることの記録上明な昭和三三年一二月二七日以降完済までの年五分の金員を支払うべきであり、その限度で原告の本訴請求を正当として認容し、その余を失当として棄却することとし、民事訴訟法第九二条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(判事 畔上英治)